沖縄の工房 清ら布〜ちゅらぬぬ〜
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沖縄の工房 清ら布〜ちゅらぬぬ〜
トピックス&イベント

 



 1372年、読谷の泰期が中山王の王弟として、初めて中国と交易を行います。この後、琉球は交易の中継地として栄え南蛮交易で花織・絣も伝来し琉球王朝の黄金時代を迎えました。1609年、島津家(薩摩藩)に支配されると織物は貢納布・御用布の税として納められ、御絵図帳に基づいて難度な織物を要求された島々の織物は独自の特徴を持ち発展しました。しかし、明治12年(廃藩置県)以降は日本の近代化・琉球処分・同化策の嵐の前に衰退し、去る大戦で壊滅しました。
 この度、−読谷山花織復興40周年・読谷山花織組合創立30周年記念−読谷山花織(ゆんたんざはなうい)展を、株式会社東武百貨店池袋店、ショップ「沖縄の工芸 清ら布」にて開催できることは大変喜ばしい事です。先達の遺してくれた読谷山花織が復興し年々発展し地場産業として産地が活性化したのは関係者のご尽力のおかげであり心から感謝申し上げます。ここに、花織を一堂に展示し皆様にご批評いただく機会を得、つくりべの想い、祈りを花織のよこ糸に託した読谷山花織展を心ゆくまでご高覧下さい。今後とも読谷山花織を御愛顧くださいますようご案内申し上げます。

読谷山花織事業協同組合
理事長 新垣隆
http://www.ii-okinawa.ne.jp/people/kenkougeicenter/03link/yomitan/

読谷山花織出品作家

福地正美
福地正美
作品1
作品1
作品2 作品2

読谷山花織はこれまで、絣の部分は白がほとんどでしたが、この花折は黄色の絣にしてみました。絣の部分にも小さな花を入れています。絣、花の入れ方等、手間はかかっていますが、その手間が作品に出ないようにと、気を遣いました。


松元セツ子
松元セツ子
作品1
作品1
作品2 作品2

これまで、小花で連続した模様を織ってきました。
少し、いままでと変えてみようと思い、無地の部分を入れて市松風にしてみました。


福原清子
福原清子
作品1
作品1
作品2 作品2

沖縄の代表的な色、福木で染めた糸を地色に使いました。
明るい地色にあう花意図を選ぶのは、ああでもない、こうでもない、の繰り返しでした。織り出すまでに、思ってもいなかった時間がかかりました。


池原竹子
池原竹子
作品1
作品1
作品2 作品2

私は読谷山花織の復興当時から読谷山花織に携わってきました。村祭りなどに着られていた、昔から伝わる読谷らしい花織が好きです。この花織は、5つの絣と花を組み合わせて織りました。


当山ミツエ
当山ミツエ
作品1
作品1
作品2 作品2

黒っぽい地色にジンバナ(銭玉)とカジマヤー(風車)を組み合わせました。花糸が浮き立つような配色を心がけました。私でしかでない色、私らしい配色が織れました。



読谷山花織復興の歩み

読谷山花織の起源について

 14世紀に琉球で初めての貿易港が開かれた読谷山(読谷村)は、交易の中継地として栄えていました。
 ブータンを起源として南の島々より「海のシルクロード」を経て、花織の文化も多くの交易品と共に伝来して来ました。
 南の島々より伝わった花織は、琉球王府の御用布にも指定され、また首里の貴族と読谷の人々以外の着用が禁じられていた歴史があります。
 直線と曲線を巧みに組合わせた美しい幾何学模様の配列は、沖縄の織物の中でも異色なものですが、それも交易地であった読谷山(読谷村)だからこそと言えるでしょう。


基地の村から文化村へ −読谷山花織復興−

 1945年にアメリカ軍が沖縄本島上陸した地であり、日本軍の飛行場があった読谷村は、他地域にもまして甚大な被害を受け、航空写真からも分かるように村の95%が米軍基地で占められていた。荒涼と変わり果てた村内で、人々はシークワァーサーの生産や米軍基地労働に従事することで、生活の建て直しを試みていた。
 1960年代前半、村の戦後復興から建設への移行期。経済振興の柱として村の特産品作りを進めていた池原昌徳村長は、村の誇れる伝統工芸品として明治中期頃から途絶えていた読谷山花織の再興を位置づけ、村婦人会会長の曽根美津子へ、生活改善グループで織物を始めようと提案する。働きに出るのではなく、家の中にいて、子供を育てながら出来る仕事を創り出さなけばという女性たちの想いと呼応しつつ、読谷山花織復興の機運は高まって行った。
花織が織られているのを見たことがあるお年寄、上地ウシや松田ウシ、知花カメらと相談する中、池原昌徳村長が白羽の矢を立てたのが、首里女子工芸で織物技術を習得していた与那嶺貞だった。 与那嶺貞は試行錯誤を繰り返しながら強い意志と忍耐を以って、1964年(昭和39年)に明治中期から途絶えていた読谷山花織を約70年ぶりに復元した。


読谷山花織復興の歩み



<店舗紹介>
・東武百貨店船橋店
「彩 (いろどり)」

・東武宇都宮百貨店
「きものサロン」



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